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2007年12月10日

「眉山」で遠征。

何なんでしょうね、いきなり堂本光一さんの写真があって。
8日に明治座に行った帰りに日比谷まで出て、何で?て言ったらアナタ、当然帝劇に寄るためよん。
3月に「TOMMY」見に行った時にチラッと帝劇前に寄ったけど、その時はさすがに「M!」関係のものまでなくて、チラシは古い方のがあったけど。
日比谷のあの辺りは、東宝(東京宝塚劇場)や日劇、帝劇にできたばかりのシアタークリエ、と揃っていて目移りしそうね。
渋谷に行けばコクーンがあるし、やっぱり東京はいいな。
芝居小屋がふんだんにあるのね。
大阪は縮小や閉鎖が多くて、文化面でも貧しいこと。ふらふら
ミューのプリンスと言うとヨッシーが筆頭に上がるけど、光一さんもなかなかの王子ぶりだわ。
黙ってたら、、、ね。
「トプステ」だったか「ルクスタ」だったかに写真があったけど、椅子に腰掛けている様子なんか、確かに雰囲気あるわ。
何も話さなかったら、、、
光一さんも毎年「Endless Shock」で帝劇の幕開けを飾っているのよね。
このタイトルって「おわらないビックリ」→「おわくり」なんつって。バカ。もうやだ〜(悲しい顔)

え〜と、全然「眉山」じゃないですよ。
演出は栗山民也さんでした。
栗山さんは「聞く」ことを重視する方のようです。
俳優が話すせりふだけでなく、いろんな言葉や声、音楽、時には静寂にまで耳を傾ける。
モロッコの広場で奏でられる音楽から、ベルリンで読み上げられる虐殺されたユダヤ人の名前にまで聞き入る。
良い俳優は聞く能力が優れているという。

以上は、栗山さんが書かれた「演出家の仕事」(岩波新書)の書評に書かれていたものです。
蜷川さんも「エレンディラ」の稽古場で、「記憶につながる音で」とナレーションに注文をつけていましたっけ。
役者の表情なんて前列でしか見られないし、劇場の隅々まで届くのは、伝えられるのは、声やせりふですものね。
そのせりふを言う時の役者の表情なんてのも見たくなるんですけどね、舞台上での各役者の立ち位置、お互いの位置関係にも興味を持ち始めてみると、双眼鏡で覗いていると、それが断ち切られちゃうんですよ。
役者の顔だけ見てるんじゃ、テレビと変わらねえや。

「眉山」に出演している曽我廼家文童(そがのやぶんどう)さんのコメントに、
『眉山について語る場面がある。
 皆さんの頭の中に優しくて凛とした眉山の情景を思い描いていただきたい。
 役者として言葉の音の大切さを感じている。』
とありました。
開演前に読んでいたので、この場面がくるのを楽しみに待っていました。
経験豊かな役者さんの声と話し振りから、「おなごの眉のような」たおやかで悠然とした山の姿が浮かび上がってきました。
「エレンディラ」でも語り部役の品川徹さんが場を作っていました。
語りや口調に特色があるなら、白石加代子さんもいいですよね。

こんなところで、もう寝ます。
次なる週末まで、会社員していませうね。
posted by 由利 at 01:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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